ここではないどこか、今ではないいつか・・・

2046

この2年来カンヌでは、wkwのエキサイティングな新作が、2004年のカンヌにおいて最も強く待ち望まれた作品であるということが繰り返し告げられてきた。『花様年華』の国際的な成功のあと『2046』はwkwにとってエリック・ユーマンとマルク・シラムによって導かれたパラディ・フィルムとの2度目のコラボレーションである。幅広くつつましく野望に満ちたこの映画会社は1984年に創設され、1998年以来「マルコ・ベロッキオ」「ミレニアム・マンボ」などを製作・配給してきたオーシャン・フィルムと手を組んだ。エリックとマルクは『2046』のプロデュース経緯をジャック・マンデルブームに語った。

wkwとの出会いについて。

エリック:彼と知り合いになってから7年が経つ。まだブリヤ・サヴァランの本、性と食についての3つの物語の脚色とみなされ、『花様年華』とは呼ばれていなかった映画の資金のため、彼はたまたまパリにいた。1作前の『ブエノスアイレス』はフランスでは失敗であった。彼はあいまいでシナリオのないプロジェクトをいくつかのプロダクションにプレゼンテーションして断られていた。私たちは、にもかかわらず彼が滞在していたホテルに彼を探しに行った。彼は我々にとって非常に魅力的なプロジェクトを話した。

花様年華』の製作はどのように進んでいったのか?

エ:その方法は『2046』と同じように混沌としたものであった。そもそも映画を設計する方法とは最初は単純でもあり間違いの多いものだ。まず制作とはアイディアから始まりそれを見つける過程でフィーリングが見出される。この暖められたアイディアがめぐりめぐって少しずつリアルなフィーリングになっていく。

2046について。

エ:小説家トニー・レオンの書くこの本は、コン・リーにとってかわられたマギー・チャンの役以外の、『花様年華』の中で古い愛の破綻を経験したキャラクタートニーの心を知る作品である。観客は現実とフィクションが交じり合うこの2046号室、実際にはあの時あのカップルが訪れたこの部屋のことを知ることになる。

本当に観客がこの部屋のことを理解するような作品であることに確信はありますか?

マルク:主題というものは1つに限定した時点で陳腐になるものだ。それはしてはいけない。それはダメージとなる。したがって私たちが話している間彼は何も言わなかったし変わってもいなかった。というのは撮影は、終わってはいなかったのだから。

エ:おそらく大きなあらすじというのはなかったのだろう。カンヌでの1週間前『花様年華』のエンディングは3種類あった。そして全く違うラストになった。しかし、スピリットは変わっていない。『2046』は失われた「ここではないどこか、今ではないいつか」というアーティスティックな探求の痕跡を残した作品になるだろう。それはプルーストが求めていたような叙情である。そしてそれは西洋的な時間や空間の認識とは全く異なっている。 
(*確かプルーストは、匂いや記憶から紐解いて、ひとつ思い出すと自分の人生の時間や大切な記憶とかを30個くらい思い出すような、意識の流れそのものを新しいやり方で描こうとしたフランスの作家です。未完の大作『失われた時を求めて』というのがあるらしいです。)

彼が俳優と仕事をする方法を話してください。

エ:この作品の撮影に参加しているいつものメンバーには、とても親密な宇宙の狭い空間でその大きな力が働いている。

このような規模の予算の計画はどうやって立てるのか?

マ:1400万ユーロの予算で、国際的な会議をする必要のあるものだ。フランスが中心となっていて、とりわけFrance 3やArteなどのTV放送網の提供もあり、wkwの会社の仲介による香港経由の参加などが主立っている。そしてイタリア、日本とドイツ。これはトニー、コン・リー、マギーなど最高級の役者を見せ、とびきりの成果を出す必要がある。すべては並外れた規模のもである。

エ:しかしこのタイプの外国映画というのは、あるプロデューサーたちとフランスの配給者たちの間に、アーティスティックで経済的なプラスな共同作用があったのだ。


(*元記事がどこか分からなくなってしまいましたが、映画祭開催中にフランスのメディアにアップされたインタヴュー記事です)